自分の命との向き合い方~延命治療と尊厳死の話

自分の命との向き合い方~延命治療と尊厳死の話

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いわゆる「ピンピンコロリ」は人間にとって理想の亡くなり方だといわれていますが、実際に死に向かいゆく道や死の間際というのは、それほどはっきりと色分けされているものではありません。スイッチでオンオフするときのように生から死に切り替えられるものではなく、多くの場合、そこに時間と葛藤と手間と痛みがかかるものです。
ここでは、人生の最後に向き合うために、延命治療と尊厳死に対する正しい知識をお伝えします。

延命治療とは何か、尊厳死との関わり方

私たちが医療機関で治療を受けるとき、基本的には「回復して元通りになる」「元通りの機能は取り戻せなかったとしても、生きるために必要な措置をする」ことを目的とします。
しかし病気やけが、体の状態によっては、「命をながらえる手段はあり、すぐに亡くなるわけではないが、これ以上治療しても回復の見込みはない」といった状況に陥ることがあります。
このとき、本人や家族は、一つの選択をすることになります。

それが、「延命治療をするか、しないか」です。

延命治療は「治療」とはしていますが、体の状態を「治す」ためのものではありません。延命治療は「生きながらえさせる」ための手段であり、続けていても完全な回復は基本的には見込めません。
延命治療には、お金と時間と手間がかかります。また、激しい痛みを伴うこともあります。たとえば、副作用が非常に厳しいことで知られている抗がん剤投与は、吐気や強い倦怠感、認知機能への低下などを招きます。
このようなことから、「回復が不可能で、死に向かうことが避けられないのであれば、延命治療を避けてゆっくりと安らかな死につこう」という「尊厳死」を選ぶ人もいます。
尊厳死を希望した場合、医師は積極的には「命をながらえさせるための治療」は行いません。多くの場合、ペインコントロール(痛みをとり、コントロールすること)のための投薬を行い、穏やかに最後の時に向かわせます。
尊厳死を希望した場合、当然に延命治療を行ったときよりも生存期間は短くなるのですが、「その人がその人らしく最後まで生きること」が実現しやすくなるといわれています。

なお、尊厳死と安楽死はしばしば混同して語られますが、この2つは似て非なるものです。
尊厳死はあくまで「延命治療を拒み、緩やかに死に向かっていく方法またその死」をいう言葉です。
対して安楽死とは、「治療を拒み、積極的に死に向かっていく方法またその死」をいいます。
尊厳死は「将来的に亡くなるであろう未来を受け入れ、積極的な延命措置はしない」というもの
であるのに対して、安楽死は「ごく近い将来の死を希望し、治療を拒否する」という性格をもちます。
日本では、尊厳死も安楽死も、両方とも積極的に認める法律はありません。
しかし尊厳死が故人の選択として尊重される場合が多いのに対して、安楽死を手伝うことは自殺ほう助や同意殺人に該当すると解釈される可能性が高いといえます。

リビングウィルについて知ろう

尊厳死と深く関わるものとして、「リビングウィル」があります。これは、本人が「万が一のことが起きたときには、私は延命治療を求めません」という意志表示書のことです。「人生の最終段階における事前書」「リビング・ウィル」「LW」とされることもあります。
このリビングウィルはあくまで「延命治療を求めない」とするためのもので、「積極的に死に向かうことを肯定するもの」ではありません。そのため、これを表示していたとしても、救急救命を受けることはもちろんできます。
なお、延命治療をする・しないの決断において、もっとも重要視されるのは「本人の意思」です。そのため、本人の意識が明瞭であり、リビングウィルを示して延命治療を拒んだ場合は、医療関係者も家族も最終的にはそれに従うことになります。
しかし、人が死に向かうその途中にあるときは、「自分自身の意思を明確に示すことができない」という状況になることも非常によくあります。

その場合は、

  1. 家族や友人、親戚からの情報
  2. 公正証書

で判断していくことになります。
たとえば、本人が常々周りの人に「万が一のことがあった場合、延命治療はしてほしくない」「痛みだけをとってほしい、自分の意思が示せないのに長く生きるのは苦痛だ」などのように言っていたとしましょう。このような証言が多くの人から聞かれた場合、「本人は延命治療を望んでいなかったのだろう」と判断されます。
リビングウィルは自分の意思を示すために役立つものですが、これには法的な拘束力はありません。本人の書いたものであると立証されれば本人の意思を示すものだと判断されますが、意識がない状態の人に確認するのは現実的ではありません。それを「本人の書いたものだ」と立証する手だてがないわけです。
このようなことを避けるためには、公正証書で作成しておく方が望ましいとされています。ちなみに医療機関のなかには、「(本人の意識がないなかでの延命治療の有無は)公正証書のみで確認する」としているところもあります。

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延命治療を拒む/拒まない に、「正解」はない

終活と延命治療の話をするとき、多くの人はこう言います。
「家族に迷惑をかけたくないから、延命治療はしないでほしい」
「お金もかかるから、延命治療は拒否する」
「治療して治るのであれば治療するが、そうでないなら静かに逝かせてほしい」
「痛みをコントロールして、穏やかに最後の時間を過ごさせてほしい」
「自分の認知力が衰える前に、自分で自分の始末をつけたい。最後の決定も自分で行いたい」
実際に、内閣府のとったデータでは、「延命治療は行わず、自然に任せてほしい」と答えた人が91.1%と圧倒的で、「あらゆる延命治療をしてほしい」と言った人は4.7%に過ぎません。

しかし終末期の医療において、「正解・不正解」はありません。
たとえば、自分の人生においてならば「延命治療はしてほしくない」と言う人であっても、自分の子どもが自分よりも先に病気を患ってしまったのなら「どんな姿になってもいいから1秒でも長く生きていてほしい」と思うこともあるでしょう。もちろん逆に「辛いだろうから、本人が楽になれるかたちで旅立たせてやりたい」という人もいます。
実際に、自分の人生の終末期、死病に冒され、強い痛みを抱えながらも、延命治療を望んだ人もいました。その理由は「この状況でこの薬の投与を受ける人はあまりいないと言われたが、今受けておけば、この後に自分と同じ病気に苦しむ人に統計・データを一つ残せる。判断基準の一つ、症例になれる」といったものでした。

逆に「このままでは母も苦しむだけだし、母は延命治療を拒みたいと言っていたから、どうか楽にしてあげてください」と10代で決心したお子さんもいました。
また、延命治療を拒んでいたとしてもいざその場になったときに「やはり生きたい」と思う人もいれば、延命治療を受け入れていたとしてもその場になったときに「やはり痛みはつらい」と思う人もいるでしょう。
延命治療と尊厳死、延命治療の拒否と戦い続ける死には、どちらも良い・悪い、正解・不正解はありません。その決断においてもっとも重要視されるのは本人の意思ですが、ご家族の気持ちもあります。

重要なのは、「自分はどうしたいか」「家族はどう思うか」を話し合う姿勢です。

出典:内閣府「平成25年晩高齢社会白書 第1章 第2節 3 (4)延命治療は行わず「自然にまかせてほしい」が91.1%」

 

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